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小川的場丘城跡(愛知県安城市)|家康公の名参謀・本多正信の出生地?

小川城跡(本城公園)入口概観2 徳川家臣団ゆかりの地

本多佐渡守正信ほんださどのかみまさのぶとは、徳川家康公に天下を取らせた名参謀であり、その信頼の厚さは家康公に「友」と呼ばれるほどでした。

家康公と正信の仲は、周囲からも「水魚の交わり」と評されたほど、家康公に信頼されていた謀臣です。

それほどの人物でありながら、残されている史料は少なく、謎めいた部分の多い人物でもあります。

今回は、そんな本多正信の生まれた場所をご紹介いたします。

余談ですが、正信は私が家康公の次に好きな歴史上の人物ですので、大河ドラマ『どうする家康』の放送で世間の脚光を浴びないかと密かに期待しております。

それでは、正信の生誕地を見てみましょう!

本多正信の出生地はどこなのか?

本多正信が生まれた場所はどこなのか?

実は、正信が生まれた場所は特定されていません

というのも、正信の生まれについて、確定している情報は「天文7年(1538年)に本多俊正の次男として三河国で生まれた」という情報しか見つけられませんでした。

しかし、以前Twitterにて以下のツイートを見つけました。

このツイートによると、正信が生まれた場所は三河国・小川的場丘城であり、現在の愛知県安城市小川町的場丘にある本城公園近辺ということになります。

この小川的場丘城について調べてみると、複数のWebサイトにて「本多宗左右衛門と本多正信の居城だった」と紹介されています。

この「本多宗左右衛門」という人物が正信の父・本多俊正を指すのか、あるいは別人なのかは分かりませんが(求む情報提供!)、もし父・俊正が小川的場丘城主だったとするならば、おそらく正信はこの小川的場丘城にて生まれた可能性が高いでしょう。

他に、愛知県西尾市西城静岡県静岡市久米などの説もあります。

父は本多俊正で、母は不明ながら家康の祖父・松平清康の侍女とも言われている。
生まれは天文七年(1538年)で、三河国(愛知県東部)に生を受けた。
ただし、出生地については以下のように複数の説がある。

  • 西城(愛知県西尾市)
  • 小川村(愛知県安城市)
  • 久米(静岡県静岡市)

幕府がまとめた『寛永諸家系図伝』によると、本多の先祖はもともと豊後国(大分県)の本多の出身で、正信の曽祖父が三河に移り住み、松平清康に仕えたとされる。

引用元:本多正信(家康の側近)は謀臣に非ず 敗者に優しい平凡武将が徳川を支えた - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

今回は、小川的場丘城は本多正信の居城でもあったという点も含めて、現地に行ってみることにしました。

小川的場丘城跡

周辺の様子

小川的場丘城跡の最寄駅は、名鉄西尾線・桜井駅です。

桜井駅へは、名鉄名古屋駅から直通の急行に乗れば約40分で到着します。

名鉄西尾線桜井駅・駅標

桜井駅のホームから小川的場丘城跡方面が見えますが、特に史跡らしいものは見えません。

名鉄西尾線・桜井駅から見える小川城跡方面の景色

名鉄西尾線・桜井駅は比較的新しい綺麗な駅です。

名鉄西尾線・桜井駅概観

小川的場丘城跡の付近には、地元の方に愛されている素敵な和菓子屋『つる屋菓子舗』さんがあります(後ほどご紹介します)。

小川城跡付近のお土産・つる屋菓子舗

小川的場丘城跡(本城公園)

こちらが、小川的場丘城跡の北東側です。

小川城跡(本城公園)北東側の概観

こちらは、小川的場丘城跡の南東側です。

小川城跡(本城公園)南東側の概観

小川的場丘城跡は現在、本城公園という普通の公園として整備されていますが、入り口は南側にあります。

小川城跡(本城公園)入口概観

本城公園は西側がグラウンドとなっています。

小川城跡(本城公園)西側のグラウンド

本城公園の東側は遊具などが設置されています。

小川城跡(本城公園)東側の遊具エリア

本城公園・東側の遊具エリアから北側には東屋があります。

小川城跡(本城公園)東側にある東屋概観

こちらが、本城公園の東屋です。

小川城跡(本城公園)東側にある東屋

本城公園の東屋には、記念碑が設置されています。

この記念碑『本城の由来』以外、残念ながら史跡らしい要素はありません。

小川城跡(本城公園)東屋の記念碑『本城の由来』

本城の由来

本城公園の一帯は小川城の跡で、今から凡そ五百年の昔、文安三年、石川政康が築城し、その子康長、春重の三代の居城となった所であります。石川氏の一族は代々松平氏(後の徳川家)に仕え、清兼、康正、家成、数正の諸将は岡崎城代を勤めた歴史上有名な人々であります。小川城の北、的場の地は、家臣達の弓術の練習場でした。またこの地は織田軍と松平勢との戦のおりに石川一政が戦死した所でもあります。その後、石川氏の館のあった所を康正と呼び、城跡は郷土の史跡を偲んでか、本城と言い伝えられてきました。

昭和五十二年七月
文化財保護委員 鈴木和雄氏記

引用元:本城公園記念碑『本城の由来』

つまり文安3年(1446年)、徳川家康公の側近・石川数正の先祖にあたる石川政康が小川城を築城し、その北側が家臣らの的場(弓矢の練習場)だった名残として、今日でも的場の地名が残っているそうです。

そして、この記念碑には小川的場丘城や本多正信に関する記述が一切ありません

ちなみに、もう1つの記念碑には整備事業の概要が記されています。

小川城跡(本城公園)東屋の記念碑『安城小川土地区画整理事業の概要』

近隣の関連史跡:石川政康の墓

本城公園の記念碑に記されていた石川政康ですが、政康の墓は本城公園のすぐ近くにあります。

石川政康の墓・概観

こちらが、石川政康の墓です。

石川政康の墓

入り口にある標石には「小川城主下野権守石川政康公之墓所」と記されています。

石川政康の墓・標石

墓石は古そうな様子です。

石川政康の墓・墓石

墓石の横には由緒が記された記念碑があります。

石川政康の墓・由緒碑

周辺のグルメスポット:つる屋菓子舗

小川的場丘城跡の周辺には徒歩約3分という近さに、雰囲気の良い和菓子屋『つる屋菓子舗』さんがあります。

小川城跡付近のお土産・つる屋菓子舗(概観)

かぼちゃを饅頭に使うのは珍しいように思いますが、こちらの「かぼちゃ饅頭」は大変美味しかったです。

小川城跡付近のお土産・つる屋菓子舗の「かぼちゃ饅頭」

小川的場丘城跡を訪れる際は、ぜひご賞味あれ。

アクセス・案内情報

小川的場丘城跡(本城公園)

  • 名称:小川的場丘城跡(本城公園)
  • 住所:愛知県安城市小川町的場丘13
  • 交通:名鉄西尾線・桜井駅から徒歩約15分

石川政康の墓

  • 名称:石川政康の墓
  • 住所:愛知県安城市小川町志茂314付近
  • 交通:小川的場丘城跡から徒歩約2分

つる屋菓子舗

  • 名称:つる屋菓子舗
  • 住所:愛知県安城市小川町的場丘11-3
  • 交通:小川的場丘城跡から徒歩約3分
  • 電話:0566-99-0638

参考文献・Webサイト等

本多正信(家康の側近)は謀臣に非ず 敗者に優しい平凡武将が徳川を支えた - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

三河 小川的場丘城-城郭放浪記

愛知の城 小川的場丘城

【C-AC346】小川的場丘城跡

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